2010年4月21日水曜日

PiiMaiThaiピー・マイ・タイ:タイの正月)

毎年4月13日がタイの新年である。祭り好きのタイ人なので1月1日の新年も勿論祝うが、あくまでもPiiMaiFarang(西洋の正月)の域にとどまり日本人のクリスマスと同じのりである。
1年の幸せを込めた楽しみ方ではなく、その瞬間だけの喜びにとどまる。
しかし4月13日のタイの新年は本正月だけあり国中が新しい年が幸せであるようにみんなで祝福しあう。
その祝福の祭りがSongKurang(ソンクラン)である。
この祭りは地域により日にちが異なる。北の方は4月9日頃から、中央は4月13日前後、ここPattayaは一番最後で4月19日である。
SongKurangは通称「水掛祭り」と呼ばれていて、タイで一番暑いこの4月にお互いに水を掛け合い暑さをしのぐのである。
しかし、SongKurangは水を掛け合うだけではなく、もう一つとても大切な行為がある。
通りかかる人全てに、水に溶かした白い粉を顔に塗りつけるのである。
その時にお互いに祝福の言葉を掛け合うのである。
これが「一年の幸せをこめた楽しみ」と言う私の表現の根拠である。
Bangkokは規制でSongKurangが本格的に楽しめないので、是非この時期にタイに訪れる機会があれば地方でSongKurangに参加して1年の幸せを祝福しあっていただければと思う。

Sawasdee Pii Mai Thai Krab

2009年12月3日木曜日

Khon England(コン・イングランド:イングランド人)

ここEastPattayaに住むファランの70%以上はイギリス人でその大半がEngland人である。
若い人はほとんど居なく、大半がリタイアでPattayanaに住んでいる。つまり仕事はしていない。
先日友人のEngland人夫妻(と言っても60近くの大先輩)の家に招待されて、お邪魔してきた。
400m2の敷地に自動開閉の門、プール、プールハウス、ジム、5LDK、5バスルームという豪邸である。
長年働いて蓄えたEnglandの財産を全て売り払い、ここに家を買って(多分Endglandに持っていた家の何倍もの広さ)タイ人の嫁と2人でゆったり暮らしている。
仲良しなので、づけづけと毎月の生活費はどうしてるのか聞いてみた。
「あー、それは年金が出るからそれで生活している、イギリスは年金生活者の嫁にも国籍問わず年金が出るので、うちのタイ人の嫁にも年金が出ているんだ。でもそれは俺の毎日のビール代になってるけどね」だそうだ。
これで、大きな疑問が一つ解けた。なんでEngland人がやたらに多いかは、イギリスの年金制度が大きく影響していたのである。
日本ももっとがんばらないとね。
人生の意味をもう一度考え直す政治家が必要なんじゃないかな。

2009年12月2日水曜日

Maa Thai(マー・タイ:タイの犬)

はっぴー東京さんが犬と猫の日記を記していたので、それにコメントしようとしたら長くなったので、こちらの日記の記すことにした。

タイ人は仏教の教えに従い、生き物を大切にする。
よってタイの街中や食堂には沢山の犬が歩き回ったり、居眠りしていたりする。
この犬達けっして全てが野良犬ナわけではなく、飼い犬もいるのである。
野良と飼い犬の違いは以下の通りである。

野良犬
 毛並みがとても汚い
 不特定多数の人から餌をもらう
 帰る家が無い
飼い犬
 毛並みが野良より良い
 飼い主から餌をもらう
 飼い主のもとに帰る

だいたい、この程度の違いだ。

そして共通しているところは
 幸せそうに昼寝をしている
と言うところだろう。

野良犬は3タイプに分類できる
(1)普通の犬:食って寝るの繰り返し
(2)マフィア犬:縄張りの中に通りかかるオートバイに追っかけて脅かす
(3)賢い犬:お寺に住み付き、タンブーン(お布施)のおこぼれを食べている

いずれにしろ幸せ以外の何者でもない。

生まれ変わったらタイの野良犬が第一希望である。

DokMai Naa Naau(ドクマイ・ナー・ナーウ:寒い季節の花)

先々週から10日ほど肌寒い日がここPattayaでは続いた。
Bangkokは11月から1月中旬まで涼しい風が吹くとても良い季節であるが、ここPattayaは10日程度肌寒い日が続き、その後元の暑さに戻るようだ。
この寒い季節の間、Bangkokでは香った事の無い花の匂いをEastPattayaでは感じる事が出来た。
初めての香りなので、表現の方法が無いのだが、寒い季節の10日間はバイクで移動していると、どこからとも無くこの花の匂いが漂ってくる。
ちょうど日本の春の沈丁花と秋のキンモクセイが季節を感じさせてくれるのと同じ感じであった。
暑さが戻ったこの3日間はもうその花の香りは漂ってこない。
どの木のどんな花だかチェックする前に終わってしまった。
桜のようなキップの良さである。

来年もこの花の匂いを感じたいものだ。

2009年11月22日日曜日

Miya Farang(ミヤ ファラン:白人の嫁)

 Bangkokのファランの嫁とPattayaのファランの嫁は、まるでタイプが違う。
Bangkokのファランの嫁
(1)ともかく真っ黒
(2)後ろ姿のスタイルはとてもよい
(3)顔は原人系もしくは類人猿系もしくは我々と違うDNAを持った人
(4)平気で人に迷惑をかける(日本人の嫁も同じ傾向)
(5)体中に金をまとっている

Pattayaのファランの嫁
(1)程良い小麦色か黄色
(2)どこから見てもスタイルはとてもよい
(3)顔も日本人から見てもきれいな人が大半
(4)物事を知っていて、人に迷惑かけることはまるで無い
(5)質素である

想定
Bangkokに住むファランは自国企業に在籍していて、タイに3~5年の任期で駐在として来ている人が大半である。
よって、彼らの嫁の条件はBarBeer等のLadyと一定の期間だけ契約して、ともかう楽しく過ごせる相手であれば良いのであろう。当然期間契約なので籍を入れる人はほとんど居ない。
生活に必要な問題は会社が解決してくれるので、下手な知識は無い方が都合が良いのである。

Pattayaに居るファランは観光客か永住している人が大半である。
よって、生活のTakeCareが出来て(物事を知っている)生涯を一緒に暮らせることを条件に嫁を探す。もちろん籍も入れる。
その条件を満たす人を探す方法は、大半が知り合いの紹介である。
多くの嫁は、大学卒業をしていてそこそこの企業への就職経験があり、親戚がファランと結婚している、という感じである。

ただ上記の想定で、解決できないのは見かけの問題である。
その答えは、きっとハリウッドのスターは日本人が見てもきれいである。
ファランもやっぱ一生住む相手は日本人と同じ美的感覚のきれいな人を好むのであろう。

勝手な想定で申し訳ない

2009年11月20日金曜日

Lotus Lek Lek(ロータス・レックレック:ちっちゃいロータス)

今日は、この村にあるLotus Lek Lek(小さいロータス(LortusとはThaiに全土にある大きなスーパー。でもここのは小さめなのでLotus Lek Lekと呼ばれている。それでも、東京の標準サイズのスーパーより大きいくらい)で、ThaiのスパースターHyperのコンサートがあり、無料なので見に行った。見には行ったが、見る事は出来なかった。

FamilyBarの妹Noiの家に用事があり、昼間訪問した時に、妹Noiのパパとママと妹がいて、
Noiママから「Taro Sawasdee Ka 今日 Lotus Lek Lekの屋外広場 で Hyperのコンサートあるから行かないかい?」とお誘いがあり、「あー、Hyperは見たこと無いから行きたいな。何時からですか?」
「確か20:00からだったよ」とNoiパパが答えてくれた。「絶対そんな早い時間からあるわけない」と心の中でつぶやいたが、口に出してもしょうがないので、「解りました、じゃー20:00に会いましょう」と言う事で家を去った。妹Noiはその時間は仕事中なので行けないという事で、とても残念がっていた。

 20:00に現地行くと、大音響の音は聞こえるが、Hyperではない。多分前座だろうと思い中に入ったら、やはり前座が演奏していた。しかも誰もお客さんがいない。とりあえず一番前に陣取った。そして、前座のMCで私が朝心でつぶやいた事が正解だとわかった。
「今日は23:00よりHyperの演奏が。。。。」だそうだ。
 妹Noiのパパ、ママ、妹と私の友人夫妻は前座の演奏で楽しく踊っていたが、私はThaiの田舎の音楽にはほとんど興味が無い。とても23:00まで待つのが耐えられなく、22:00に用事があるからと、退散してきたしだいである。
 よって見には行ったが、見ることは出来なかったのである。

 Bangkok時代から変わらず、イーサン人には酷い目にあう。悪気が無いだけに怒りの矛先が無く、ストレスがたまる。
ここPattayaでもイサーン人との相性は変わらないようだ。

2009年11月17日火曜日

P'Sao & Family Bar(ピーサオ:姉貴)

 このEastPattayaの村で暮らし始めて、最初に訪れたBarがイングランド人を亭主に持つ53歳のアユタヤ出身のタイ人のPinさん(P’Sao「姉貴」)が経営するBarである。
従業員は姉貴の実の妹のJun(Nong Jum「妹Jum 48歳」)とNoi(Nong Noi「妹Noi 19歳」)の2名だけだ。
 初日この店に入ると、上記3人の女性が「何しに来たんだ」という目でじっと見つめている。
「すみません、ここに座っても良いですか?」
「あー、良いけど」
「TigerBeerもらえますか?」
「Beer飲むのかい?はいよ」
というとても客とは思えない立場から始まったのである。
20分くらい1人で座ってBeerを飲んで放置プレイされた後、姉貴が
「韓国人か?中国人か?」と初めて声をかけてくれた。
「日本人です。名前はTaro」
「ほー、日本人か。ここで日本人はあんたが始めてだ。ここに住んでるのか?」
「はい、ここに住んで1ヶ月目です。これからもよろしくお願いします」
そんなところから始まり、近辺のほとんどのBarは訪問したが、なんとなくこの店が落ち着くので毎日通うようになった。
1ヵ月後からはお互いの人生相談とかもするようになり、姉貴、Taro、妹2人のFamily関係が出来上がった。家族以上に何でも話し合える関係になっている。
P’Saoが店に下りてくるのはだいたい夕方4:00頃である(この辺のBarはみんな昼から営業している。)。それまでは妹Jumと妹Noiと姉貴の旦那のTonyの3人で店を回している。
P'Saoは16:0022:00位とそれ以降閉店する24:00とで人が変わる。酔っていない時は店の雰囲気が引き締まるほどきりっとした完璧な人であるが、酔ってしまうと、駄目駄目な人になってしまい、お客にも罵声を飛ばす有様だ。よって21:30過ぎはたいてい客はいない。
居ても初めての客か、姉貴よりもっと酔っ払ってる駄目駄目ファランだけである。

それでも、姉貴が、ここの常連客にも、初めての客にも「これは私の弟の日本人のTaroです」と紹介してくれるので、ここの客のファランとその妻達とも親しい友人になっている。
3日無断で店に行かないとその晩店が終わったあと、彼女ら3人でバイクに乗って私の家まで食事を持ってTakeCareしにきてくれる。
よって、このBarはFamily Barと呼んでいる。